「世メディア調査」から――新聞広告のリラックス落差とは
新聞は世メディア



1955年東京都生まれ。78年早稲田大学商学部卒業。88年同大学院商学研究科博士後期過程単位取得。埼玉女子短期大学専任講師、助教授を経て、93年早稲田大学専任講師、95年助教授、2001年より現職。主な著書に、「新しい広告」(電通、監修)、「現代広告論」(有斐閣、共著)、訳書に「経験価値マーケティング」「経験価値マネジメント」(ダイヤモンド社、共訳)などがある。

  今回は、新聞社広告局内部で行っている調査ではなく、博報堂DYメディアパートナーズが「インターネット全盛時代だからこそクローズアップできる新聞のよさ」を見つけるために行った調査の寄稿です。
 よみラボの国友さんが最初に紹介している部分に、「リラックスした気分で接触できるメディア」として新聞が最下位にあるという点があります。とくにテレビのリラックス感と比べると、「新聞を読む」ということはある意味緊張感を伴うことだと多くの人が認識しているようです。「テレビばかり見ていて」と怒られる子供はいても、「新聞ばかり読んでいて」と怒られる子供はいない、と誰かが言っていましたが、のんびりした気持ちで接触できるかといえば、否というのが新聞であるのは事実のようです。
 ところがおもしろいのは、新聞記事と新聞広告の関係です。この調査ではテレビに関しての詳細な記述はありませんが、一般によく言われる「番組のおもしろいところになると挿入されるコマーシャルは不快だ」「テレビコマーシャルの本数が多すぎる」といったたぐいのクレームが、どうやら新聞には当てはまりにくそうだというところです。もちろん、テレビ番組よりコマーシャルの方が好きだという人もいますが、やはり少数派でしょう。新聞記事は緊張して読んでいるとしても、広告でリラックスできる、気分転換できるといった意見に見られるように、新聞広告は不快な存在とはとらえられていないようです。これは新聞広告にとってのうれしい意見です。
 「世の中で何が起こっているかを知ることができるメディア」として、新聞は僅差ではありますがテレビを破っています。「全盛」といわれるインターネットはさらに低いことにも注目です。図表では、「手っ取り早さ」「代表性」に関して他のメディアとの比較はできませんが、現在の出来事を広く公平に知ることができるメディアが新聞であると評価されているということでしょう。
 また、ここで使われている「出会い頭効果」「(記事と広告が)地続き」といったキーワードにも注目できます。自分が興味を持ったことを掘り下げていくために使いやすい媒体もありますが、意識していなかったこと、自分の興味の対象とは離れていると思われたことであっても、たまたま目にすることで新たな関心を呼べるのが新聞です(出会い頭効果)。
 広告が邪魔にならないとか、コンテンツに接しているときと広告に接触しているときとで気持ちや態度が変わらないという点でも、他の媒体と比べた新聞の強みがよく出ています(地続き)。このあたり、新聞、新聞広告の魅力としてこれからもっとアピールできる点のように思います。

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